アキバ・フリマ・同人イベントなどの小ネタ中心
インディペンデント通信社南町支局
6年ぶりの同人誌。完成しました
2021-05-17-Mon  CATEGORY: 書籍
「劇画ロードショーの世界・改訂版・昭和編」

全218ページ。

完成しました。


主な内容は

劇画ロードショーを知る
劇画ロードショーリスト「少年チャンピオン版」
劇画ロードショー「少年チャンピオン版」表紙一覧
劇画ロードショー「少年チャンピオン版」名場面
劇画ロードショーリスト「プレイコミック版」
劇画ロードショー「プレイコミック版」表紙一覧
劇画ロードショー「プレイコミック版」名場面
その他の映画コミカライズ作品
その他の映画コミカライズ作品名場面
映画コミカライズ/劇画ロードショー年表


となっております。
ここは告知のみで詳しい内容に関してはtwitterアカウント「koan9999」の書き込み

https://mobile.twitter.com/koan9999/status/1393951959984467978

こちらを御覧下さい。このブログは横長モニターに対応できていないので更新を止めています。
編集長の近況は上記のアカウントを参照して下さい。
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業務報告
2021-05-11-Tue  CATEGORY: 書籍
新たに加えなければならない作品が3つも増えてしまった。
調べるほど増える。
未確認情報もいくつかあるし終わるのか?
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業務報告
2021-05-09-Sun  CATEGORY: 書籍
200ページ。越えました。

今月内に完成予定。
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■イタリアメディアに紹介された「アマビエ」伝説
2020-04-19-Sun  CATEGORY: 書籍

最近気に入っている「Deepl翻訳」でイタリアメディアに紹介された「アマビエ」記事を訳してみた。

元記事は下記のリンクを参照

https://www.kblejungle.com/2020-04-amabie-creatura-contro-le-malattie-infettive/

AMABIE CREATURA CONTRO LE MALATTIE INFETTIVE

Amabie (アマビエ) e uno yokai, ovvero una creatura del folklore nipponico, protagonista di alcune bizzarre leggende.
A inizio 2020, con la minaccia del Coronavirus che costringe la popolazione dell’intero mondo a stare chiusa in casa per la paura della pandemia, immagini di Amabie creatura contro le malattie infettive sta girando molto sui social giapponesi. Scopriamo in questo articolo il perche.

Amabie(アマビエ)は、日本の民間伝承に登場する妖怪であり、いくつかの奇妙な伝説の主人公である。
2020年初頭、コロナウイルスの脅威で全世界の人口がパンデミックを恐れて屋内に閉じこもることを余儀なくされている中、日本のソーシャルメディア上では感染症に対抗するアマビエという生物の画像が広く出回っている。その理由を考察してみましょう。



Questa creatura e assimilabile a quella di una sirena e/o tritone con capelli lunghi e corpo squamoso, una bocca a forma di becco e tre zampe. Si illumina di una luce brillante che puo essere vista dalla riva anche da grande distanza, emerge dal mare e profetizza un raccolto abbondante e/o un’epidemia. La sua immagine puo essere usata come amuleto contro le malattie.

人魚やイモリに似た生物で、長い毛とうろこ状の体、くちばし状の口、3本の足を持っています。遠くからでも岸から見える明るい光で照らし、海から浮かび上がり、五穀豊穣や疫病を予言しています。そのイメージは、病気のお守りとしても用いられています。


LA LEGGENDA DI AMABIE CREATURA CONTRO LE MALATTIE INFETTIVE

アマビエ伝説

Si narra che durante il periodo Edo nell’antica area di Higo (l’attuale prefettura di Kumamoto), dalle rive del mare fosse visibile una luce intesa lungo tutta la costa. Una notte un funzionario della provincia, per scoprire cosa si nascondesse dietro quel mistero, prese una barca e si diresse fino al punto dove la luce era piu intesa. Arrivato sul luogo il funzionario vide affiorare dall’acqua una strana creatura che gli comunico che il periodo difficile stava terminando e che nei prossimi mesi il raccolto sarebbe ripreso in maniera fiorente. Purtroppo si sarebbe verificato anche un focolaio infettivo, ma per risolvere la situazione sarebbe stato sufficiente mostrare la sua immagine. Cosi, il funzionario incomincio a disegnare il ritratto della creatura e quando termino il lavoro vide scomparire in fondo al mare quell’Amabie. Tornato a casa, l’uomo depose il disegno in un cassetto, ma quando inizio a vedere che la prima profezia si stava realizzando penso bene che l’unica soluzione fosse quella di far pubblicare il disegno della creatura su delle tavolette di legno da esporre nei luoghi maggiormente frequentati. In questo modo avrebbe raggiunto quanta piu gente possibile.

江戸時代、肥後と呼ばれた地方(現在の熊本県)では、海の岸辺から光が見えたと言われています。
ある夜、地方の役人が、その謎を探るために、船に乗り、光の方向へ向かいました。
その場に到着した役人の前に水の中から不思議な生き物が現れ「苦難の時代が終わりを告げ、数ヶ月後には収穫が盛んになる」と告げました。
残念なことに感染症が流行っていたが、それを解決するためにアマビエは彼に姿を見せるだけで十分と考えたのだろう。
そこで役人はアマビエの似顔絵を描き始め、描き終えるとアマビエが海の底に消えていくのを見た。
家に帰った役人は、その絵を引き出しの中に入れていたが、最初の予言「収穫が盛んになる」が当たっていることを知ったとき、感染症が流行を鎮めるためにはアマビエの絵を木の板に描いて、往来の盛んな場所に飾って人々に公開するしか解決策はないと考えた。
このようにして、彼はできるだけ多くの人にアマビエの姿を届くようにしたのです。


IL KUDAN 「件 くだん。=人+牛)」

L’immagine di questo yokai e tra le piu famose ed e quello che ha piu varianti, proprio perche la sua figura e stata utilizzata come amuleto nel corso del tempo.

この妖怪のイメージ画は最も有名なものの一つであり、その姿は時代を超えてお守りとして使われてきたからこそ、最もバリエーションの多いものでもあります。


Questo yokai ha delle similitudini con il kudan. Il kudan e una creatura profetica con l’aspetto di una mucca e il volto umano che appare quando si sta per verificare qualche importante evento storico. Dopo aver affatto la sua profezia scompare.

この妖怪は件(くだん)に似ています。件は、何か重要な歴史上の出来事が起きようとしているときに現れる、牛の姿と人の顔をした予言的な生き物です。結局のところ、アマビエの予言は長らく忘れられていましたが。


Di questa leggenda di Amabie creatura del folklore nipponico esistono diverse versioni, che cambiano da regione a regione, ma le profezie sono simili tra loro.

日本の民話に出てくるアマビエ伝説にはいくつかのバージョンがあり、地域によって異なりますが、予言そのものは似たようなものです。
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■『銀河伝説クルール』Wikiを「Deepal翻訳」で訳してみた
2020-03-29-Sun  CATEGORY: 趣味とか

『銀河伝説クルール』Wikiを「Deepal翻訳」で訳してみた

編集長が映画館を借り切って見たいほど愛している映画『銀河伝説クルール』英語版Wikiを、今話題の「Deepal翻訳」で訳してみた。

AIによる機械翻訳ですが、話題になるだけあって、解説文のような整った文体は、ほぼ修正しなくても理解できるくらい自然な日本語に変換できました。凄い!

しかし「口語体」はさすがに難しく、きちんと整った日本語になりませんが、意味合いはだいたい分かる程度に変換されるので、以下の翻訳文面は部分的に編集長による意訳が混じっています。

特に「批評」の批評家の英語による文面が、非常に難解で、推測できる範囲でかなりの部分を意訳しています。


■基本構想と企画■

1980年、コロンビア映画社長フランク・プライスはプロデューサーのロン・シルバーマンに、パートナーのテッド・マンと一緒にファンタジー映画を作りたいかどうかを尋ねた。
シルバーマンはそれに同意し『ダーティファイター 燃えよ鉄拳(Any Which Way You Can)』(1980年)で脚本を担当したことで知られるスタンフォード・シャーマンを雇った。

彼はプロットの原案を書き、コロンビアに送った。コロンビア側はこの原案をすぐに承認した。

開発と製作の間にプロットの本質が変更されることはなかったが、この映画の最初の草稿は『クルールのドラゴンズ(The Dragons of Krull)』というタイトルで「ビースト(野獣)と呼ばれる魔王は当初ドラゴンになる予定だった。

チームはまた、脚本の「第二版」を書くためにスティーブ・テシッチを呼び寄せた。

テシッチの脚本は、台詞が多く、特殊効果が不足しているとして破棄されたため、第一版の脚本が代わりに再編集して採用された。

脚本の過程で、物語の終わり近くにリサ姫が敵役に変身する要素があったが、製作チームは彼女が「純粋さを欠いた」存在になって欲しくなかったため、最終的な脚本には反映されなかった。

リサを演じた女優のリゼット・アンソニーは「それは少し残念だった」と語った。

初稿が完成した後、脚本・製作チームは、まずピーター・イェーツに監督を依頼することを検討した。

彼らがイェーツに監督を依頼してから2カ月後、『目撃者(Eyewitness)1981年』の監督を終えたイェーツは『クルールのドラゴンズ』の脚本を読んだ。

彼は読み終わると興味をそそられ「自身の新たな挑戦として監督の仕事を引き受けた」と語った。

彼は1983年のインタビューで『クルール』は「最新の特殊効果技術をフルに活用できる数少ない映画のひとつであり、これまでの彼の現代を舞台にした作品とは異なり、リサーチの代わりに、完全に自分の想像力に基づいて映画を作らなければならない」と語った。

シャーマンが脚本を編集し、イェーツが絵コンテを作成し、スティーブン・B・グライムスとデレク・メディングがセットのコンセプトを考え、イメージを描き、ケン・マーシャルとリゼット・アンソニーをそれぞれコルウィン王子とリサ姫でのキャスティングに1年を要した。

この映画は人気RPGゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ』とタイアップするという噂が絶えなかったが、ゲイリー・ガイギャックス氏(作家・ゲームデザイナー。『ダンジョン&ドラゴンズ』の作者)は、「私の記憶では『クルール』のプロデューサーが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の著作権使用に関する問い合わせをよこしたことはありません」と語った。


■撮影■

監督のイェーツは『クルール』の制作を「複雑」で「恐ろしく手間のかかった」ものと語っている。

特撮アーティストのブライアン・ジョンソンは2009年のインタビューで、イェーツがこの映画に「うんざりしたため、撮影の途中でカリブ海に休暇に行き、特撮スタッフ達は3週間の休暇を余儀なくされた」と語った。

『クルール』は最初、中世ヨーロッパの世界観で計画されたため、撮影はいくつかのロケ地で始められる予定だった。

しかし、脚本は徐々にファンタジー物語へと変化していき、映画のほとんどが巨大なセットで撮影され、屋外ロケはイタリアとイギリスで撮影されるということになった。
『クルール』は、雑誌「スターログ」の記事によると、3000万ドルの予算を使って製作された非常に高価な映画であった。

マーシャルとデレク・メディングス(Derek Meddings。イギリスの特殊効果・視覚効果監督)は、この莫大な予算は、脚本が何度も変更したために、その度に撮影に用いられるセットも何度も変更しなければならなかったことが原因であると考えた。

撮影は1983年1月25日から始まった。

最初に撮影されたのは、イニヤ(フレディ・ジョーンズ)が「蜘蛛の巣の未亡人」に会うため巨大な蜘蛛の巣を登るシーンだった。

ジョーンズはカメラの映ってしまうの避けるため、命綱は一切使用しなかった。

特殊効果のストップモーションアニメーター、スティーブ・アーチャー(映画『タイタンの戦い(1981年)』に特殊効果で参加した)は、このシーンの巨大な蜘蛛の最初のモデルを作成するのに2週間を費やしたが、結局、採用されず破棄された。

監督のイェーツは『クルール』冒頭の城内での戦闘に際し『海賊ブラッド(1935年)』などの冒険活劇映画を参考にした。

しかし、主役のコルゥイン王子を演じるケン・マーシャルは、全く新たなイメージの武器を考案し、斬新なアクションシーンを演じたいと考えた。

マーシャルは、撮影が始まる1週間前から、このシーンのために動きの練習をしていたという。

しかし、これらのシーンの撮影が始まる頃に、ようやく敵役スレイヤーズの衣装が完成したのだが、スレイヤーズの衣装を身につけるとスタントマンはほとんど体を動かすことができずアクションが著しく制限されたために、最終的には戦闘シーンの振り付けの多くが変更された。

*編集長注=映画の冒頭、城を襲撃する場面で城壁を登るシーンを除外すると、スレイヤーズは非常にゆっくりにしか動かない理由がこれだったのかと合点がいった。

世界最大級の撮影スタジオである「パインウッドスタジオ」(全盛期の007映画などで巨大な屋内セットを作るのに使用された。”007は二度死ぬ”のクライマックスに登場した火山火口内側のロケット発射基地などが有名)は、スレイヤーズと予言者の偽物がコルウィン王子と仲間たちを襲撃する沼地のシーンで使用された。

監督のイェーツは沼地のセットを「忌々しいモノ」と語っている。

沼地のシーンは、主役のマーシャルが「非常に寒さが厳しかった」と表現した1983年の冬に撮影されたが、セットが大きすぎて暖房が行き届かず俳優たちは寒さと疲労に悩まされた。また、不運なスタッフは、「霧が立ちこめるシーンの撮影で屋内の見通しが悪かったために、誤って"細かく砕いたコルクで表面が覆われた沼"に落ちた」と語っている。

コルウィン王子と仲間たちが黒の要塞内部でスレイヤーズに追われているシーンのリハーサルでは、主役のマーシャルが後の撮影に備えて体力を温存するためにスタントマンが使われた。

それは "小さな家ほどの大きさ"と表現された、二つに分割されたセットで、城内の廊下の床が割け下の廊下にいた他のメンバーと再開するシーン撮影するための物だった。

主役のマーシャルは、この撮影が終わってから悪夢を見るようになったと語った。

何故かというと、本番の撮影が始まったとき、マーシャルはスタッフが予想していた以上にセリフを言うのに手間取り、初回の撮影では崩壊するトンネルから脱出するのに間に合わなくなりそうになったからだ。

幸運にも一人のスタッフがこのことに気付き、セットを動かす機械を止めることができたが、マーシャルは「5秒以内に機械が止まらなければ、コルウィン王子は死んでしまうところだった」と語っている。

このシーンは翌日に再度撮影され、監督のイェーツがセットを動かす機械の制御速度を遅くするように指示した。

しかし、マーシャルは機械の速度を早めるように主張し、最終テイクでは崩落するセットから生きて逃げることに成功した。

マーシャルは「その後何ヶ月も足の踵に感覚がなかった。それからのスタントも本当に大変だった。」と語った。


■特殊効果■

『スーパーマン』(1978)や『スーパーマンII』(1980)の作品の特殊効果で知られるデレク・メディングは『クルール』の特殊効果部門を率いていた。

イギリス人アーティストのクリストファー・タッカーも元々このプロジェクトに参加していたが、創造性の違いにより離脱した。

ニック・マレーと彼のクルーは、撮影開始の6週間前にいくつかの特殊効果を制作した。

『クルール』の特殊効果部門は、1980年代初頭には考えられないような視覚効果やデザインの制作に挑戦した。

メディングズは、この映画に特殊効果がどのように使われたのかを説明している。「特殊効果(エフェクト)の面では大変な作品でした。エフェクトを撮るときはいつも何か新しいことを考えようとします。残念ながら、いつも成功するとは限りません。自分ではすごいことをやったと思ったりもしますが、最終的には観客の判断に委ねられます。今回は本当にバカげたことをしましたがね」

メディングズは、映画の舞台となるミニチュアを制作した。

リサ姫の城として作った模型は、高さ20フィート(約6.5メートル)だった。

撮影はイタリアで行われ、実際の高さよりも高く見えるように遠近法が用いられた。

魔王ビーストの黒の要塞を再現する模型は12フィートの高さがあり、多数の電気配線が中からの光を出すために使用された。

黒の要塞は映画の最後に崩壊してしまうため、合図でパーツを引き離すことができるジグソーパズルのような構造で制作された。

『クルール』に登場する「魔法使いのアーゴ」は自身を魔法を使うことによって、子犬やガチョウ、虎などに変身する。

メディングズは、これらの変身を従来のクロス・ディゾルブ(2種類の画像を切り替える際に、複数フレームにわたり映像を段階的に変化させる技術)の方法とは異なる方法の特殊効果を実現するために「死に物狂いで作業した」と説明した。

「それらをアートワークで装飾した拡大画像を俳優の映像に溶け込むよう使用した。アーゴを演じる俳優、デビット・バトリー(David Battley 2003年没)が跪いて子犬サイズに縮小するために、一連の効果を使用しました。変身の途中で子犬の拡大画像を導入し、2つのセットで別々に撮影された映像を組み合わせました。そして、最後の静止画が流れてくると、尻尾を振って去っていく犬の代わりに、本物の犬を登場させました。トリックではありますが、とても不思議な感じがします」。

40人のスレイヤーズがこの映画のために作られ、最初の20人は僅か10日間で製作された。
「炎の馬」。炎を巻き上げるほどの速さで駆け、宙も飛ぶ馬「ファイアーマーズ」は、クライドデール馬(イギリス・スコットランド地方が原産の馬)が演じている。

スタントマンは、登場人物が馬から飛び降りるショットで活躍した。

そのうちの一人は、「ファイアーマーズ」を捕まえるために崖から馬の背に飛び移るシーンで演技したが、馬の上に着地できずに失敗した。

■サウンドトラック■

この映画の音楽はジェームズ・ホーナーが作曲し、ロンドン交響楽団&アンブロシアン・シンガーズが演奏した。

1990年以降のより有名な作品と比較しても、彼の最も評価が高い楽曲のひとつとして賞賛されている。

スコアには、1980年代のファンタジー&アドベンチャー映画に多用された、伝統的な冒険活劇スタイルのファンファーレや、愛のテーマなどの要素が盛り込まれており、劇中に登場する怪物たちを弦楽器で表現するアヴァンギャルドな手法も取り入れられている。

また、魔王ビーストとその軍団のスレイヤーズを印象づけるのに、ホーナーはグスターヴ・ホルスト(Gustav Holst イギリスの作曲家)のようなリズムと、聖歌隊によるうめき声等も使用している。

また女性の声による「サイレンコール(善良な人々を誘惑するような悪魔的響きを伴う音声)」が繰り返されているのも注目すべき点です。

これらの曲は映画のオープニングとエンディング、劇中にも繰り返し用いられて『クルール』の世界を形作るのに貢献した。

ホーナーの楽曲は以前の作品、特に『スター・トレック2 カーンの逆襲』を彷彿させる。

また『クルール』の劇中曲のいくつかの部分は「ディズニーランド・パリ」のアトラクション「スペース・マウンテン/ミッション2」のために再利用された。

『クルール』の楽曲は、様々なレーベルから何度もアルバムでリリースされている。

1987年にサザンクロスレコードから発売された45分凝縮版は、主要なアクションキューのほとんど、3つの愛のテーマ、エンドクレジットの音楽が収録されていたが、メインタイトルの音楽は省略されていた。

その後、サザンクロスレコードからは1992年と1994年に78分を超える特別版(後者はゴールドディスク)がリリースされた。

1998年に「SuperTracks」は、精巧で魅力的なパッケージとDavid Hirschによる豊富なライナーノーツが収録された2枚組のCDをリリースした。

2010年、「La-La Land Records」は2つのボーナス・キューとジェフ・ボンドによる新しいライナーノーツを収録したSuperTracksアルバムを3,000枚限定で再発売したが、1年も経たずに完売した。

「La-La Land」は2015年に2,000枚を追加で再版した。

『クルール』のサントラは評価が高い。

ライアン・ランビーは自身のブログ『Den of Geek』で「70年代と80年代は偉大なSFやファンタジーのテーマの時代だったが、ホーナーの作品はその中でも上位に位置しており、『クルール』のスコアは、劇中に登場するロケ地の壮大な展望を、映画館のビスタサイズ画面とマッチするように効果を発揮した」と語った。


■評価■

『クルール』は19のレビューに基づいて「Rotten Tomatoes (アメリカの映画評論サイト)」で32%の評価を得ている。

この映画はアメリカで1650万ドル以上を稼いだが、2700万ドルから3000万ドルと言われる制作費を回収できなかった。

しかし、この映画は公開以来、長年にわたってカルト的な支持を得ている。

バラエティ誌は『クルール』を「あからさまなエクスカリバーとスターウォーズのごった煮」と評した。

彼らは「イェーツ監督のプロフェッショナリズムとスタッフの技術的才能の無駄遣いであり、特に英国の俳優達は、くだらくて単調な笑いに終始している」と評した。

ロジャー・イーバートとジーン・シスケル(映画レビューテレビ番組「シスケル&イーバート」の有名な批評家)は、彼らの番組で『クルール』をレビューし、サムズダウンした。

そして「長年見てきた映画の中でも、最も退屈な、無意味な、非論理的なファンタジーの一つ 」と評した。

批評家のジャネット・マスリン(ニューヨーク・タイムズの映画と文学評論家)は『クルール』を「雰囲気の暗いスターウォーズの舞台で演じられる、メランコリーで、穏やかで物思いにふけるような気持ちにさせるSFアドベンチャー映画」と評し、イェーツ監督を「独特の英国風で洗練された雰囲気を作り上げ、原題に控えめな次元をもたらしている」と称賛した。

*編集長注=当方の主観では「古典的な冒険活劇をスターウォーズとは異なるイメージで映像化するという難しいチャレンジを高いレベルで成功させた」という意味と解釈している。

ベアード・サールズ(SF作家・批評家)は『クルール』を「気取らない映画だが、見るべき部分が沢山ある」と評している。

映画情報ページ「AllMovie」のジェーソン・ブキャナンによるレビューでは「野心的なSFファンタジーで、失敗したとしても、その(斬新な映像を作ろうとした)勇気あるチャレンジによって許されるだろう」と称賛した。

2011年に自身のブログ「Den of Geek」で『クルール』のレビューを書いたライアン・ランビーは、この映画を「魅惑の80年代の最も視覚的に創造的で直球に楽しめる映画の一つ」と呼び、「よくできた映画であり、『スター・ウォーズ』の後に現れた他の安直な類似作品とは一線を画している」と評価した。

オンラインマガジン「PopMatters」の2006年の記事で批評家ビル・ギブロンは「『クルール』には多くの問題点があるものの、1980年代初頭に公開された映画には珍しい、”娯楽性の融合”があり、”特定のキャラクターや状況が気に入らなくても、待っていれば全く違うものが角を曲がったところにある。あなたが物語のどの点から入ってきても、どのようなシーンが目の前で繰り広げられていても、連続性とコンテキストの欠如は、実際には個々の瞬間を楽しむことを可能にし、その気になれば、わずか数分で別のエキサイティングなサンプルのために周りに固執することができます」と評した。

2009年にこの映画について書いているエリック・D・スナイダーは「すべてのオッズに反して『クルール』は、魔法、ファンタジー、英雄的なクエストを詰め込んでいながら退屈でもある。これは、それ自体が娯楽映画における偉業として記憶されるでしょう。わざとやっているとしか思えない」と評した。


■撮影■

『クルール』の評価における批判と賞賛はビジュアルと特殊効果に関するもので、ライアン・ランビーはそれらを「非常に魅力的」と表現しています。

ジェーソン・ブキャナンは「一見、見慣れたような映像にも思えるが、この映画のイマジネーションは十分なオリジナリティが盛り込まれているので、単なるスターウォーズの二番煎じと見なすのは難しい」と書いている。

ベアード・サールズはこの映画を「非常に美しく、実際、映画が映像メディアであることが忘れ去られているように見える今日では、軽視されている品質」と呼んでいる。

タイム社の雑誌「Entertainment Weekly」は『クルール』が、「炎の蹄を持つ馬の場面や、巨大な蜘蛛のシーンは、映画『ロード・オブ・ザ・リング』以前の作品としては特筆すべき恐ろしいイメージであり、視覚的に想像力をかきたてる」と評した。

ライアン・ランビーは、コルウィン王子が使う宝具グレイブを「この10年で最もクールなファンタジー兵器の1つ」と呼び、一方、ブキャナンはそれを「非常に独創的」と表現した。

しかし、ローレンス・ワット・エバンス(アメリカのSFおよびファンタジー作家)はグレイブの名称を嫌っていました。

彼は、実物のグレイブは「ポールアーム(別名称=ポールウェポン。近接戦闘において使われる、木や金属などで出来た竿状の長い柄を持ち、その先端に石や鉄で出来た攻撃用の部品を備えた武器の総称)のようなもので、端に長い刃が付いた棒」であり、「真鍮のヒトデ」ではないと説明した。

彼は「”グレイブ”は漠然とした用語であり、武器を定義する適切なネーミングではなかった。製作チームは、実物にフィットしない手抜き名名前を付けるのではなく、適切な[別の名前]を考案すべきだった」と語った。

*編集長注=グレイブ(英: glaive)槍の穂先を剣状にしたような形状の棹状武器

特殊効果もまた非難されている。

『ハウス ネクスト・ドア』の批評家スティーブン・ブーンは『クルール』は、「『Beastmaster(「ミラクルマスター/七つの大冒険」1982年アメリカ&イタリア合作映画」)のようなチープなポンコツさと不確かなプロダクションデザインのために悪目立しているが、そのビジュアルがスピルバーグやルーカスの世界観に似すぎていないかとビクビクしている」と語った。

批評家ビル・ギブロンは、この映画には「ファンが慣れ親しんだ洗練されたレベルのビジュアルがない(サンキュー。ILMっぽいアメリカの会社!)」と書いている。

WEBサイト「DVDトーク」の2001年のレビューでは、ギル・ジャウェッツは『クルール』の特殊効果を「多くの80年代の映画のように完全に偽物で逆に面白い」と書いている。

イアン・ネイサン(ロンドン在住の著名な映画ライター。映画雑誌『エンパイア』の元編集者)は、2015年のエンパイア誌の記事で、「当時の若者を満足させたかもしれないが、年月を重ねた今となっては見るに堪えない」と書いている。

彼は特にエンディングのビジュアルに辛辣で「あまりにも派生的」「垢抜けず」「気が遠くなる」とレッテルを貼っている。

しかし同時にネイサンは「コルウィンの仲間たちに忍び込む予言者の偽物や、蜘蛛の巣に閉じ込められた蜘蛛の未亡人という魔女など、この映画には興味深いデザインやコンセプトがある」と指摘してる。


■脚本

『クルール』の複数のレビューで頻繁に批判されているのは、その脚本である。

ランビーは『クルール』を「80年代ファンタジー映画のメジャーリーグに入るには、少々派生的すぎる」と信じていた。

ギブロンは『クルール』を「善と悪と奇妙な円形武器の忘れられた戦い」と表現し、物語の重要な登場人物が死んでいく「説得力に欠ける理由」や、物語が「宇宙と中世の世界観を彷徨った」ために「多くの思春期の客が頭を抱えるのを強要した」と語った。

脚本家のアニー・フリスビーは、コルウィンとリサの関係についての映画の表現が「あまりにも漠然としすぎている」と評し、「コルウィンとリサの対話はあまりにもありふれていて、互いの愛を感じさせるには、一般的なラブストーリーと比べても、そのレベルに到っていない」と評した。

スナイダーは、この映画の脚本には大きな問題があると述べている。彼は『クルール』を「笑わないようにする強い意志が必要な映画」と評し、「その稚拙なプロットは、原作を読んでもいない学生が『指輪物語』について壇上で語るようなものだ」と評している。

「何かをするには、たった一つの方法しかない、それは非常に危険だ!と言われ続けていて、キャラクターがそれに失敗したときに、突然、別の方法がある!それも非常に危険だ!と言われ続けています。

そして、もしその方法が失敗した場合は、元々一つの方法しかなかったことをやるための別の方法があることに賭けることができます。

脚本家の例えを使うなら、これは自分自身を追い詰めてた結果、突然、宙に浮かぶ力を手に入れて、塗りたてのペンキを踏まないようにしているようなものだ。」

魔法の能力、魔法使い、惑星クルールの世界観と、その文明など、設定の多くは登場人物によって言及されるだけで、決して詳しく説明されることはない。そのためワット・エバンズのレビューでは、賞賛と批判の両方を受けた。

彼は、それが視聴者が自分で謎を解かなければならないようにし、映画に "信憑性 "を与えたことを気に入っていた。

しかし、彼は映画の中のあるシーンで、リサ姫が、魔王ビーストが少女を殺害している映像を見ているシーンに批判的だ。「私たちは少女が死んで消えていく映像を見ていますが、映像を通してではなく、直接見てみたかった」

少女の周りの人々にはどう映っていたのでしょうか?イメージと同じように彼女は消えたのか、それとも死体があったのか。

彼は『クルール』のこのシーンを「チャンスを活かしきれていない」と表現し、「このシーンは魔王ビーストの力を観客に示す機会だっただろうし、見ている人たちの反応も参考になったかもしれない」と推論しています。

彼は、コルウィンと彼の仲間達が黒の要塞に登る時のように、『クルール』は「気がかりばかり残る」と述べ、映画のエンディングを「凡庸だ」と表現した。

しかし、ランビーは映画のクライマックスが最もエキサイティングな部分であると同時に、「驚くほど過酷で、コルウィンは多くの仲間を失った」ことを称賛した。スター・ウォーズのフランチャイズでは、これほど生々しい方法でこれほど多くのキャラクターを死出の旅に送り出したことはなかった」と語った。


■キャラクターとパフォーマンス■

『クルール』のキャラクターやパフォーマンスに対する反応は様々であった。

ワット・エバンズは魔王の配下スレイヤーズが持つ「巧妙にデザインされた両刃の武器は、いくつかの素晴らしい特殊効果を提供し、素晴らしく、混沌とした戦闘シーンを生み出した」と強調した。

彼はまた、スレイヤーズが死ぬときに、頭部が裂け鳴き声を上げることにも注目しており、それを「非常に異質で恐ろしい」と表現している。

ランビーはスレイヤーズの「鎧の不吉なシルエットと、彼らが倒されたときに彼らから噴出するミミズのようなクリーチャーは、彼らが他の方法で演出したかもしれない映像を想像しても、遙かにオリジナルティが有る」と賞賛している。

バックマンはスレイヤーズを「本当に恐ろしい」と表現し、彼らの死の叫び声を「忘れがたい叫び」と呼び、魔王ビーストを「おとぎ話の最も暗い物語から直接引っ張ってきた」と表現している。

「オーラム映画百科事典」は、「地味な主人公とヒロインを取り巻く魅力的なキャラクター」に称賛の意を表し、アクションシーンを「見事だった」と評価している。

ランビーはキャラクターを「薄っぺら」と評価し、ギブロンは演技を「腰が引けて見える」と評価し、バックマンはコルウィン役のケン・マーシャルの演技を「木偶人形のよう」と評している。

ギル・ジャウェッツは「パトリック・スウェイジとブルース・マカロック(どちらも映画俳優)の子供のように見えるマーシャルは、彼の役柄に相応しいほどタフに見えなく、脇役の方がしっかりしているように見える」。

ランビーはデビット・バタリーの魔法使いアーゴ役の演技を賞賛している一方、『ハウス・ネクスト・ドア』の別のジャーナリストであるJustine Eliasはバタリーのキャラクターを「ひどい」と呼び、「平凡な子供でもこれは面白いとは思わないだろう」と語った。
「子供だましのようなトリックに、彼が心の底から感心したように反応することを余儀なくされたことを思うと私はコルウィン王子役のケン・マーシャルに同情した」。
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