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■ジムニーにありがとうを■
2016-07-14-Thu  CATEGORY: 趣味とか

「スズキ・ジムニーと走った20年」

おおむね20年抱えていた車を廃車にした。日常の一部が消えてしまったような微妙な感じに居心地が悪い

スズキのジムニー。軽自動車の四輪駆動車。結局一度も四駆走行をしなかったが、通勤に、旅行に、イベント参加に、買い物に、引っ越しにと、大いに活躍してくれた

埼玉まで通勤していた時代には土曜出勤の時に電車に乗らずジムニーで出勤していた。帰りにブックオフのハシゴをするためだった。街道沿いのディスカウントショップへ寄るのも楽しかったし、自宅近所にないファミレスへ行くのも好きだった

決して大きい車ではなかったが、タイヤが大きいので街乗りでも、郊外に行くときでも困った記憶は無い。車重が軽いので、速度を出すと横風に弱かったが、それ以外で車そのものの欠点らしきモノは思い出せない。本当に良い車だった

オーディオは最後までカセットデッキだった。とうとうMP3プレーヤーに出来なかったのが心残りだ。でもお気に入りのカセット、「映画シャイニング」「フラッシュゴードン」「炎のランナー」のサントラ、フリマで買った米軍の変な音楽テープが定番。特に米軍のテープは、陸軍、空軍、海軍。海兵隊など、あわせて5種類あり、ノリが良かったので飽きるほど聞いた

週に一度走らせていたのは遠い昔。近年はほとんど乗らなくなり、昨年夏の車検以後では3回しか乗らなくなっていた

機械は動かさないと劣化が速くなる。前回の車検で駆動部がかなり傷んでいて首都高に乗り入れるような走りをするつもりなら板バネ全部を新品交換する必要があると。予算も20万円を超えると聞かされていた。懐の軽さもあって、最低限必要な部分の整備だけ頼み、なんとか車検を通してもらったが、長年の劣化の積み重なりは予想外に激しかったらしく、3月に走らせたとき、速度が50キロを超えたあたりで異常な振動がハンドルを通して伝わってきて、正常な走行のコントロールが不可能になった

さすがに諦めざるを得なくなった。その時点で即座に廃車手続きを進めていれば、今年度の重量税も支払わなくて済んだし、少なくとも2ヶ月分の駐車場代も浮いたと思う。いやそれ以前に、昨年の車検の時、整備士の話をもう少し真剣に考えて廃車にしていれば一年分の駐車場代と車検の費用、あわせて25万円ほどが銀行の残高に残ったはずだ。決断が遅くなった為、ずいぶん出費をしてしまった

お金の話は情けないが、それでも残せるモノなら手元に置いておきたかった。東北の地震で首都圏も大きく揺れたとき、自分の住む集合住宅も激しく揺れ、余震は夜になるまで繰り返し起こった。建物が倒壊する恐怖に襲われ、駐車場のジムニーで暗くなるまで過ごした。薄いぺらぺらの金属でも車の屋根とドアがあると安心できた。その後の熊本での大地震の時にも、車に避難していた人がエコノミー症候群で亡くなった話を聞くにつれ、あの日、東北の地震の時に自分を守ってくれたジムニーの心強さを思い出す。亡くなった方々の気持ちが凄くよく分かる。だから、首都直下地震が起きたときの為にと、自分に言い聞かせて車を維持してきた

それも今日で終わった。整備工場に預けたジムニーは数日中に解体される

車は機械だし消耗品でもある。自分の頭の中に「艦これ」のように擬人化されたジムニーが居るわけではない。機械は機械だ。それでも空になった駐車スペースを見るとひどく寂しい。今となっては良い思い出ばかりが蘇るからだ

会社への通勤、早朝の寝ぼけた頭を覚醒させる為に「クイーン」の「フラッシュゴードン」を大音量で流しながら走った。夜の帰宅時には「バンゲリス」のカセットを聴いた

東北の仙台を中心とした地域に3回ほど行ったが、ジムニーは自分の期待に完全に応えてくれた。東北自動車道では80キロしか出せなかったが、危なげな事態に陥った事は一度もなかった。山中にある隠れ家のような古本屋を訪ねる時は粗い道を走らなければならなかったがジムニーの真価を発揮してくれた

友人I波さんと出かけた水上、熱川もジムニーであちこちに寄り道が出来た。特に水上の山中にあった宿は往路に猿が出るような場所だっただけあってジムニーならではの安心感に助けられた

水戸コミケは当日の朝、暴風雨に見舞われ、往路の常磐自動車道はハラハラものだった。幸いなことに現地に到着するころには天候が回復し、夕方までコミケを楽しんだ後、電車で来た他の二人を狭い後部座席に我慢してもらいながら宿に向かった。安く、食事も美味しく、温泉も気持ちよく、充実した時間を過ごした。翌朝、また狭い車内にオッサン四人を詰め込んでコミケ二日目参加のため水戸市街地まで戻った。今ほどではないが、当時でもメタボ気味(除くサトちゃん)なメンツだったので実に窮屈だった。乗ってもらった三人には気の毒だったが本当に楽しかった

旅行にも活躍してくれたが、それを上回る活躍をしてくれたのが有明のビックサイトで開催されるイベント参加の時だった。ホビー系イベントにディーラー参加するときは部屋の片付けもかねて処分するフィギュア、プラモ、食玩、書籍などを後部座席に詰め込んで出かけた。帰りに車が軽くなっていることも多かったが、会場で買い物をしすぎて、バックミラーで後ろが見えないようなことになることも有った。買い物依存症だったと思う

酒を飲むのが目的になる前の楽市楽座に行くときもジムニーで出かけた。中古同人誌を買いすぎても安心だったからだ。箱物も安心して爆裂オークションで買えた。あのころは本当に良く買った。仕事と収入が安定していたことも大きいが、ある意味、病的な買い物依存症だったのだと思う。まだ完全に治ってはいないが…

この文章をグダグダと綴っている間にも、廃車解体の手続きが進んでいるのかと思うとやりきれない。でもお終いにしないと。無理矢理にでも手放さないといけない気がする

収入は少なくなる反面、医療費などの出費は増え、出かける時は近場なら自転車で。遠方なら電車に乗るのが楽になってしまった。中年と呼ばれる歳になり、体調もイマイチ、視力は免許更新のたびにメガネを新調する羽目だ

ああ…哀しい

今日の昼に整備工場へ向かう道すがらでも、信号、停止、発進、左折、右折、徐行、加速と体がオートパイロットのように完全に自動化して動いていた。この車、ジムニーに特化して体が記憶しているのだ

本当に良い車だった。スズキのジムニー

もし収入が上向いて、体調もいくらか良くなったら今度もジムニーに乗りたいと思う

ありがとうジムニー
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